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名古屋地方裁判所 昭和30年(ワ)338号 判決

原告

株式会社日本文化通信社

被告

伊藤力雄

主文

被告は原告に対し金参拾九萬六千四百六拾七円及びこれに対する昭和参拾年参月拾日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員並びに昭和参拾年参月拾日以降同参拾壱年拾壱月末日まで月金弐千円の割合による金員を支払え。

引受参加人は原告に対し別紙(省略)目録記載の家屋を明渡し且つ昭和参拾壱年拾弐月壱日以降右明渡完了に至るまで月金弐千円の割合による金員を支払え。

訴訟費用中原告と被告との間に生じた分は被告の負担とし原告と引受参加人との間に生じた分は引受参加人の負担とする。

この判決は原告において被告に対しては金拾萬円、引受参加人に対しては金五萬円を担保として供するときは右関係部分につき仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告会社が各種画報雑誌の取次販売等を業とするもので、被告は予て原告会社の名古屋支社に雇われ浜松出張員として勤務していたが昭和三十年一月二十五日附を以て都合により退職したものであること及び被告が原告に対し金三十九萬六千四百六十七円の支払債務あることは当事者間に争がない。ところで原告会社は被告の右債務は被告が原告会社の社員として勤務中原告会社に納付すべき画報等の販売代金を他に費消横領した金員の返還債務であると主張し、被告は右債務は被告が原告会社より買受けた画報等の代金支払債務にすぎないと主張しているので被告の主張する相殺の抗弁につき影響するところがあるから(原告は予備的に仮に被告の右債務が被告の費消横領による金員の返還債務でないとしたら原告会社が被告に販売した画報等の代金又はこれが販売の委託による同代金の支払債務としての履行を求める旨述べているのであるから被告が相殺の抗弁を主張しない限り右債務の性質についての判断はさして必要のものではない。)先ずこの点について判断を加える。

証人三上喜治の証言により真正に成立したことの認められる甲第二号証、証人春名徳郎、同柳本仁の各証言を綜合して真正に成立したことの認められる同第三号証、証人佐藤正導、同春名徳郎の証言及び被告本人尋問の結果を綜合して真正に成立したことの認められる同第四号証の各記載、証人三上喜治、同佐藤正導、の各証言及び被告本人の尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると原告会社はその営業拡張のため地方に連絡所と称する支部を置きその長に販売を嘱託しその販売代金の約七割を原告に納入せしめその余の三割にて支部の使用人の給料その他の経費一切を支弁しその残金をその長の収入とする方法をとつておりその外見上の形式は委託販売ないしは単なる卸売と見えるのであるがその長はどこまでも原告の社員であつて原告会社の指定された地域内においてのみの販売を許されその地域外において販売先を拡張するには原告の承認を得なければならず、又いかなる理由によるも販売価格を割引し得ず購読者拡張のためには原告より社員を応援に派遣し、税金も原告の方で源泉徴収している等原告会社の監督指示に従うべきもので、被告も昭和二十六年七月頃より浜松連絡所の支部長として原告の社員となり爾来同所に勤務しその后昭和二十九年十一月固定給を支給されるまでは叙上の如き方法による給料を受けていたこと及びその間に被告が原告会社に納入すべき販売代金の約定率による金員を他に費消してこれを納入しなかつた分が叙上の金三十九萬六千四百六十七円に達したことが認められ、右認定に反する証人柳本仁、同和田輝男、同佐久間四郎、被告本人の各供述部分は前顕証拠に対比してにわかに措信できず他に右認定を左右するに足る資料はない。果してしからば被告の原告会社に対する叙上の債務は被告が社員として原告会社に納入すべき約定の金員を他に費消横領したことによるこれが返還債務である。従つて仮に被告が原告会社に対し被告主張の如きカード代金請求債権を有するとしても被告の原告会社に対する債務が叙上の如く被告の不法行為に因つて生じたるものなる以上民法第五〇九条により被告において右債権を以て原告会社の右債権に対し相殺を以て対抗することのできないことは明白である。

しかも証人三上喜治の証言及び被告本人尋問の結果の一部を綜合すれば昭和二十八年頃被告が原告に対しカード二千五百枚(内五百枚は被告が支部長となつたとき原告会社より支給されたもので当然無償返還すべきもの)を交付したがその際これが代金について何等の取決めもなされたこともなく原告会社が被告に対し被告主張のような一部の支払をもしていないことが認められ、右認定に反する被告本人の供述は措信しがたく他に右認定を左右すべき資料はない。且つ前顕甲第四号証の記載によれば被告において支部長として任務を停止又は廃止するときは既得読者は無条件にて原告会社に返還すべきこととなつていることが認められるのであるから被告主張の原告会社に対するカード代金請求債権なるものは他に特段の事情なき限り存在しないものというべきであろう。従つて被告の相殺の抗弁は理由がない。なお被告は原告会社に対し退職による予告手当及び退職金の支払請求権を有するが如く主張しているが証人三上喜治の証言によれば被告は前認定の如き原告に対する不始末により懲戒免職せられるべきところを家族等のことを考慮して原告会社が同情を以て依願退職の形式をとつたにすぎず従つて予告手当及び退職金等の支払をなすを要しないことが認められるから右主張も理由がない。(もつとも被告は右債権を相殺の用に供していない。)

よつて被告は原告に対し叙上の債務金三十九萬六千四百六十七円及びこれに対する本件記録に徴し本訴状送達の日翌日たることの明かなる昭和三十年三月十日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすべき義務がある。

次に原告会社が被告の所有居住していた別紙目録記載の家屋を昭和二十七年十月頃買受けそのまゝ被告に使用せしめていたことは当事者間に争がない。ところで原告は右使用関係は単なる使用貸借契約であると主張し被告は賃貸借契約であると主張して争つているからこの点につき考えてみると証人春名徳郎の証言及び被告本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると原告会社が被告から本件家屋を買受けた当時被告は前認定のように原告会社の浜松連絡所と称する支部の支部長として本件家屋を使用していたのでそのまま被告に使用せしめ当初は他の社員との関係もあつて僅かの使用料の支払を受けていたがその后昭和二十八年末頃被告の給料が固定給になつてからは全く無償にて使用させていたことを認めることができ右認定に反する証人柳本仁の供述はにわかに措信できず他に右認定を左右するに足る資料はない。右認定の事実からすると被告の本件使用関係は原告会社との使用貸借契約に基くものと解せざるを得ない。しからば原告会社が被告の退職后本訴をもつて被告に対し解約の意思表示をなした以上本訴状送達の日(昭和三十年三月九日)に右使用貸借契約は適法に解約されたわけであるから被告は原告会社に対し本件家屋を明渡すべき義務を負うに至つたというべきである。しかるに被告本人尋問の結果によると被告はこの義務を履行せずその后何等の権限なくして爾来昭和三十年十一月末頃まで本件家屋を不法に占有しその頃原告会社に無断にて引受参加人山内庄七に転貸し現在同参加人において占有していることを認めることができる。果して然らば被告は少くとも右解約の日の翌日以降右転貸の日まで本件家屋を不法に占有することにより原告会社にその賃料相当の損害を蒙らしたものというべく、引受参加人は原告会社に対抗すべき何等の権限もなくして右転借の日より本件家屋を不法に占有しているわけであるから原告に対しこれが明渡しと同日以降明渡完了に至るまで右不法占有により原告の蒙るべき右同様の損害を賠償すべき義務ありというべく、右賃料相当額が月金二千円であることは被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合して認めることができる。

よつて原告の被告に対する前叙金三十九萬六千四百六十七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日たる昭和三十年三月十日以降右完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに叙上使用貸借契約解約の日の翌日たる昭和三十年三月十日以降本件家屋転貸の月たる同三十一年十一月末日まで月金二千円の割合による損害金の支払と引受参加人に対する本件家屋の明渡及び右転借の月の翌月(昭和三十一年十二月一日)以降右明渡完了に至るまで月金二千円の割合による損害金の支払を求める本訴請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条をそれぞれ適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 木戸和喜男)

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